嘘ついたら針千本

 子供の頃何かを約束する時に「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、指切った」という囃子歌を歌いながら指切りをしたことはないだろうか。針を千本なのか魚のハリセンボンなのか諸説あるようだが、飲みたくないことには変わりない。

 英語には “I’ll eat my hat if…” のように、違ったら帽子を食べるという表現がある。チャップリンの『黄金狂時代』には靴を食べる有名なシーンがあるが、さすがに帽子は食べなかったと思う。実はこのhatは帽子のことではないという説がある。昔、卵、ナツメヤシ、塩、サフラン、子牛肉を主な材料とする恐ろしくまずい料理があってその名も hattes、嘘をついたらそれを食べると誓っていたのが、いつの間にか帽子にすり替わったのだとか。

 いずれにせよ自分の主張の正しさを帽子に賭けて誓うというのは納得がいく。色々な制服にも現れているように職業や誇りの象徴だからだ。そこで、二つ以上の役割を兼務する、つまり二足のわらじを履く人のことを “He wears two hats/ more than one hat.” と表現する。途中まで審議官として話していた人が立場を変えて何らかの団体の事務局として発言するときなど “Now, let me put on the other hat.” と一言ことわりを入れると、スムーズに論点を変えることが出来る。

 ボクシングに例えて “throw in the towel” タオルを投げると言ったら敗北を認めてあきらめることになるが、逆に “throw/toss one’s hat in the ring” 帽子を投げ入れたら参戦を宣言することになる。今のようにスポーツとして確立する前のボクシングは興奮した聴衆が我も我もと参加する男臭い娯楽だった。「次は俺だ!」と声を張り上げても周囲の怒号にかき消されてしまうので、帽子でその意思表示をしたことに由来する。

 夏の参議院選に向けて現政権や元与党に愛想を尽かした議員や地方自治体の首長経験者が次々に離党したり政党を立ち上げたり、なにやら “so many hats in the ring” 状態だが、針千本飲まなくても済む政権党が誕生するのはいつのことになるのだろう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年5月号掲載)

地震災害から学ぶこと

 ある会議で米国の失業率に言及した講演者が、冗談まじりに「去年はオバマ政権の発足でワシントンでも5000人の政府職員が失職したし・・・」と言うのを聞いて耳を疑った。話には聞いていたがそんなに多かったのかと改めて驚く。Political appointee 政治任用と呼ばれるシステムのもと、政権交代の度にトップ官僚を中心に職員の大幅な入れ替えが行われるのだ。

 前例 precedent が無いことにこだわらない政府の姿勢や機動力もそんなところから生まれるのかもしれない。1月のハイチ地震直後、米国政府はあっという間に所得税法を改正して、本来であれば2010年分の課税所得控除となるはずだった被災地への寄付金を、2009年分として申告できるようにした。

 ちなみに通信事業者も柔軟な対応を見せている。クリントン国務長官自ら携帯電話からの寄付をテレビで呼びかけたのも効果的だったが、何より携帯からある番号にHAITIとテキストメッセージを送るだけで10ドル寄付したことになる text donations の手軽さが受け、二日目にはその総額が500万ドルを超えた。加入者にはその月の使用料と合わせて後から請求されるが、キャリア各社は通常のプロセスに固執せず、入金を待たず即座に赤十字に送金している。

 現場での活動にもクリエイティブな対応が要求された。食料支援が始まるとお腹をすかせた家族のために食べ物を確保したい一心の男達の間で争いが起こり、配給作業に支障が出たのだ。列に並ばせようにも横入りが横行、整理券も力の強い者が弱い者から奪ってしまう。一計を案じたスタッフは女性にしか配布しないことにした。血の気の多い男達と違い、ハイチの女性達は辛抱強く自分の番を待ったそうだ。

 阪神淡路大震災から15年。再びあのような規模の災害に見舞われた時、私達はどのくらい臨機応変な対応が出来るのだろう。官僚総入れ替えがない分、教訓が効果的に蓄積されていて欲しい。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年4月号掲載)

オリンピックとカナダの木

 2月12日から17日間にわたって冷たい雪と氷の上で熱い戦いが繰り広げられ、今月は同じ会場で10日間のパラリンピックが行われているバンクーバーは、カナダの13の州と準州 provinces and territories のうち、最も西に位置するブリティッシュコロンビアBC最大の都市だ。その隣町にスピードスケート会場のリッチモンド・オリンピック・オーバルがある。サステナビリティーをテーマとして出来るだけ既存の施設を利用した今回の五輪のなかで、新しく建設された数少ない建物の一つだが、大変美しい建造物であると同時にある工夫が話題を呼んだ。

 BCは面積の半分を林業の対象となる経済林が占める緑豊かな州だ。ところがここ数年、温暖化の影響か冬の間の気温が十分に下がらないため、松食い虫が大発生して産業と自然を脅かしている。森林は本来二酸化炭素の吸収源 forest sink だが立ち枯れ木を放置すれば排出源になってしまうし松食い虫の蔓延に拍車をかける。そこで被害にあった木を木材にしてスケート場の大きな美しい屋根を作ったのだ。

 林業への取り組みはそれだけではない。昨年州議会で Wood First Act という法律が成立した。州が発注する建物はまず木造を前提に検討することを求めている。コンクリート業界からはすこぶる評判が悪いが、州内の林業を基盤とする市町村が相次いで賛同の決議をしているようだ。さらにそれに先立つ4月には建築基準法 Building Code を改正し、木造住宅の高さ制限を4階から6階に増やしていた。

 ちなみにカナダは連邦レベルだけでなく州にもそれぞれ首相や大臣がいる。昨年11月BC林業界の使節団を率いて来日した林業大臣に同行したが、印象的だったのはカナダ産の木材を作って建てられる老人ホームの地鎮祭で意外にも器用にそれっぽく柏手を打って礼をする大臣の姿。そして林野庁長官を訪問した際に見た、日本のお役所とは思えない、木がたくさん使われた素敵な農林水産省の玄関ホールだった。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年3月号掲載)

素敵な北海道弁

 世の中朝型人間 early birds と夜型人間 night owls がいるが、私は典型的な後者で時々テレビの深夜番組にお気に入りを見つけたりする。そのうちゴールデン prime time に昇格するものがある一方、(私に)惜しまれつつ終わってしまうものもある。中でも懐かしいのがあるお国自慢番組だ。通訳の現場には講演原稿を見ながら訳すサイトラ sight translation と言うのがあるが、この番組でもフリップに書かれたお国言葉をその地方出身のタレントが標準語に変換するというゲームがあって実に面白かった。様々な方言が魅力的なのに加え、それを標準語に訳すのに四苦八苦している様子に我が身を重ねていたのかもしれない。

 年末年始を過ごした北海道の実家で、音楽番組で生前の美空ひばりが歌う姿を見た母がつぶやいた。「この頃から悪かったんだね、がおってるもね。」東北から北の人には分かると思う。「がおる」とはやつれたり顔色が悪かったりすることだ。普段どっぷり標準語の世界に浸かっていて忘れているが、そういえば北海道にも独特の言葉があったっけと、件の番組よろしく文章を作ってみた。

「なに、めっぱ出来ていずいの?それはあずましくないねぇ。ちょしたりかっちゃいたら駄目だよ。腫れたらなまらみったくないべさ。」標準語に訳してください。(解答は最後に。)

 一言で訳しきれないニュアンスたっぷりの言葉も多い。「おだつ」は調子に乗ってはしゃぐという意味で「いい歳こいておだつんでないの、はんかくさい」(いい歳して調子に乗って、馬鹿じゃないの)のように使う。「たごまさる」は靴下などが足首のあたりにくしゃくしゃとたまった様子。「したっけね~」の一言には「ではこれで失礼しますがどうぞご機嫌よう」の気持ちが詰まっている。お国言葉は奥が深い。

 さてこちらが解答例です。
「あら、ものもらいが出来てごろごろするの?それは気になって落ち着かないわね。さわったり掻いたりしては駄目よ。腫れたらとてもみっともないことになるから。」

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年2月号掲載)

魔の金曜日とインターネット

 一部回復の兆しが見られるものの、まだ弱々しい世界景気。日本にいたってはデフレ経済に陥る中、小売業界も何とか消費の口実になるようなイベントが欲しくて仕方がない。そこでこの冬にかけて目立ったのがハロウィン。行きつけのスーパーでもかぼちゃをくりぬいて作るお化けの Jack-o’-Lantern を始めとするハロウィン・キャラクターのお菓子やディスプレーに加え、レジのお姉さんたちが魔女の帽子をかぶるという力の入れようだったがそれも10月31日まで。翌日からはあちこちでいきなりクリスマス・モードだ。アメリカに長く暮らした通訳者は「早すぎてついていけない」とげんなりしていた。それもそのはず、アメリカには感謝祭 Thanksgiving Day というクッションがある。

 アメリカの感謝祭は11月第4木曜日だが、その翌日の金曜日は Black Friday と呼ばれる。語源は19世紀に始まる市場大暴落が起こる魔の金曜日だが、最近ではこの日こそクリスマス商戦の初日。小売店が早朝(本当に朝も暗いうち)から店を開け、目玉商品 doorbusters 目当てに消費者が殺到するのだ。目抜き通りは大渋滞で、その対応に追われる警察が苦々しい思いで使ったのが1960年代のこと。今ではそれまで赤字だった小売店の商売が黒字に転ずる日だと説明されている。 さらに週明けにはオンライン・ショッピング・サイトの多くがセールを始めるので Cyber Monday と呼ばれる。

 どうして週明けまで待つのか? この言葉が出来た当時、まだブロードバンドは家庭まで普及していなかった。感謝祭の週末、普通の店舗型 brick & mortar 小売店でさんざんウィンドウ・ショッピングをした消費者が、月曜日に出社するなり家より接続の早い会社のインターネットで e-Commerce サイトにアクセスした名残だという。今や家でも高速インターネットは当たり前、それにショッピング・サイトにアクセスさせてくれるようなのんびりとした会社があるとも思えない。

 古き良き時代・・・? たった5年前、2005年の話である。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年1月号掲載)