「トライ」はくせ者

 通訳学校で使った教材に「弊社はお客様に環境にやさしいソリューションをお届けしようとしています」という話者の発言があった。数人の生徒が”We are trying to offer green solutions to our customers.”とやって教育的指導を受けるはめになった。何がいけないのかお分かりになるだろうか?

 上司から「今日は絶対に契約を取って来い」とはっぱをかけられて「頑張ります」のつもりで”I’ll try.”なんぞ言おうものなら、このご時世、リストラ対象者になりかねない。やってみるけど結果に責任はもてないと解釈されるからだ。”I tried.”と肩をすくめたら「頑張ったんだけど・・・」とか「言うだけは言ったからね(納得してないようだけど)。」”A man tried to rob a bank.”は銀行強盗が未遂attempted bank robberyに終わったことを伝えている。

 お留守番をしていた8歳の甥っ子がコップを洗おうとして間違って割ってしまった時「ママを喜ばせようと思ったんだね」と慰めるつもりで” I see you tried to please your mom.”と言ったら、とても意地悪な叔父さん/叔母さんになってしまう。いい子になろうとしてもそうはいかないと言っているようなものだからだ。ここは” I know you wanted to make your mom happy. She’ll understand.”と希望を残してあげるところだろう。

 冒頭の生徒の訳では肝心のソリューションがまだ完成していないか、もしくは顧客にとりつく島もないように聞こえるのだ。日本語は言い切ることを避ける傾向のある言語なので「しようとする」を額面どおりに受け取ってはいけない。「日本はODAを通して世界の発展に貢献しようとしています」にtryを使ったら、せっかくのODAが効果を挙げていないと言っているようなもの。英語にするときは遠慮せず「貢献しています」と言い切らなければ、出しているお金に見合ったプレゼンスを獲得できない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年6月号掲載)

エレベーター・トーク

 仕事で訪れたある会社のエレベーターの中に小型の液晶モニターがあって「仕事の話は厳禁」の文字が流れていた。エレベーターには誰が乗っているか分からない。うっかり秘密情報が漏れないようにとの注意だ。別の会社では、狭い空間でもあることだし大声で話していては周りの人に迷惑だからと「私語は一休み」と優しくマナーを促すステッカーを見たこともある。基本的にエレベーターの中ではひっそりと過ごすことになっているらしい。

 一方で米語にはelevator talk/pitch という表現がある。もともと起業家がベンチャー・キャピタリストに対し、エレベーターで乗り合わせた1分ほどの時間で、自分の事業に関心を持ってもらうためにいかに効果的なセールス・トークができるかを指したらしいが、今ではビジネス・ミーティングで顧客の興味を引くための最初の短いまとめや、求職活動で自分を売り込む自己紹介についても使われる。驚くのはこれが大学の講義や企業研修の一環として演習の対象になっていたりすることだ。

 もともとアメリカの英語教育では小学校から効果的なコミュニケーションという要素が重視されていて、show and tell という、自分の自慢の品を学校に持っていってそれをクラスの皆の前で説明するという時間があったりする。子供のころから鍛えられているわけだが、社会人になってもさらにそれに磨きをかけようというのだからどん欲だ。動詞の elevate は高める、持ち上げるという意味だから、うがった見方をすれば自分の立場を引き上げてくれるかもしれないのがエレベーター・トークだと言うのは、ある意味よく出来ている。

 スケールはかなり小さくなるが、物理的に持ち上げてくれるelevator shoes なるものもある。ひっそりというよりこっそりかかとを持ち上げてくれるシークレット・シューズのこと。人前で靴を脱ぐ習慣がない欧米では、ばれる心配がない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年5月号掲載)

嘘の色

 「うっそ~!」という若い女の子達の嬌声に海外からの研修生が「私は嘘つきではない!」と真剣に抗議したという話を聞いた。親睦会での出来事で、日本人であれば(たとえオジサン・オバサンであったとしても)そのまま「あなたは嘘つきだ」とは受け取らない表現だが、外国人にはなかなかぴんと来ないに違いない。信じられないincredible, unbelievableと嘘a lieの距離感が違うのが原因かもしれない。

 英語にはwhite lieという表現がある。嘘は嘘なんだけど、それは相手の気持ちをおもんぱかってしかたなくついたものだから、と言う意味だ。白はもちろんinnocentに通じる。気持ちは分かるがちょっと言い訳がましい。同じ白は白でも日本語の「白々しい」はどうしても透けて見えるtransparent lieのことだ。どんなに言いつくろってもやっぱり嘘は嘘なのだ。さらに「真っ赤な嘘」の「赤」は「明」と同じで、明らかな嘘から来ているそうだ。あからさまに嘘と分かる嘘はある意味嘘ではないのだろうが、それでも嘘だと言い張るのが日本文化というものらしい。ある意味いさぎよい。

 エイプリル・フールの嘘はlieではなくてprankと言う。嘘をつくと言うよりは人をかつぐためのいたずらというニュアンスだ。度が過ぎて仕掛けられた人が迷惑を被るようなのはpractical jokeだ。またpull ~’s legという表現がある。日本語で言う「足を引っ張る」とは違って、冗談でだますという意味だ。そこで”Pull the other leg.”と言ったら、最初に引っ張った方の脚では効果がないから、もう片方も引っ張ってみたら、つまり「だまされないよ、もうちょっとましな嘘をついたら?」の意味になる。

 ちなみにlieが常に重たい意味かというとそうでもなく、言い間違えた時に”Oops, I lied!” とか”No, I tell a lie.”と言って訂正したりすることもあるので、ある意味文脈次第なのだが、とりあえず、自分のことだけにとどめて、相手を嘘つき呼ばわりしない方が安全だ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年4月号掲載)

アルファベットスープ

 IT業界には略語が多い。コンピュータの心臓部をなす半導体の集積回路がICだったり、モニターの液晶画面がLCDだったり、コンピュータを使った設計製造支援がCAD/CAM、企業の経営資源を最適配分するための情報システムがERPで、物流を川上から川下までまとめて最適化しようとするサプライチェーン・マネジメントがSCM、顧客との長期的な信頼関係構築を目指すソリューションがCRMという具合だ。特に最近ホットなのがSOAサービス指向アーキテクチャやSaaS, Software as a Serviceあたりだろうか。このように単語の最初の文字をつなげて作る略語を頭字語acronymと言い、approx.やvol.のような省略形をabbreviationと呼んで区別する。

 講演資料のスライドにacronymが山ほど使われていたりする様子をalphabet soupと呼ぶ。アルファベットの形をしたマカロニがどっさり入ったスープに最初に例えられたのは1930年代のアメリカ、Franklin D. Roosevelt大統領のニューディールの元で新設された官公庁だったと言う。その数50ほどにもおよび、NRA産業復興庁のようにすでに廃止されたものもあるが、FDIC連邦預金保険公社、FHA連邦住宅局, TVAテネシー川流域開発公社などは未だに健在だし、昨年政府管理下におかれて話題になったFNMAファニーメイも、泣く子も黙るSEC証券取引所委員会もニューディールの落とし子だ。

 世界の期待を集める米国オバマ政権のグリーン・ニューディールからも新たなacronymが生まれることになるのだろうか?そんな話を仲間内でしていたらある人が「じゃあ、その最初はYWCだ」と言い出した。え、何のこと?「決まってるじゃん、Yes, we can!」

 ・・・オリジナルより音節が増えてしかも言いづらい略語は成立しにくいと思います。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年3月号掲載)

古今東西略語の世界

 大学時代にアルバイトをしていた会社にはテレックスなるものがあって、文字を送るための通信時間で課金されるためplease をpls、shipmentをshpmtのように略すことを教えられたが、実はTelex自体も Teletype Exchange Serviceの略語だった。その後fax (facsimile)が普及しmodem (modulator- demodulator)を使ったコンピュータ通信が当たり前になり時代はあっという間に変わったが、テレックス時代の略語はウェブworld wide web上のチャットやeメールでも健在だ。FYI for your informationやASAP as soon as possible等はおなじみだと思う。略しても分かるものは略してしまえというのが洋の東西を問わず人間の性のようで、コンビニやエアコン、空調、地デジを略さずに言う人はおそらく皆無だろう。

 今では訳す必要もなくなったCEOの肩書きがアメリカで普及したのはテレックス全盛期の’70年代半ばから後半のことらしい。その後CFO最高財務責任者やCTO最高技術責任者も一般的になり、CとOの間にはFinancialやTechnologyばかりでなく、InformationやらOperationsやら、Investment、Security、Privacy等々、ありとあらゆる言葉が入るようになって、これらを総称する略語が必要になった結果生まれたのがCXOs。Xは何が入っても良いという意味だ。

 これを利用して、とてもフルネームでは言えない文部科学省の英語名の略称をMEXTとしたのは素晴らしい英断だった。一方、2001年の中央省庁再編時、総務省の英語表記はMinistry of Public Management, Home Affairs, Posts and Telecommunicationsで略してもMPHPTと長い上に覚えにくく、評判はすこぶる悪かったが、2004年にMIC、Ministry of Internal Affairs and Communicationsへ改称される。「これじゃあ長くて分かりにくい」と変更への音頭を取って通訳者の称賛を浴びたのが当時の総務大臣。

・・・さて、誰だったでしょう・・・?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年2月号掲載)